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2018.10.17 Wednesday>>講読編,

2018.10.17(水)購読クラス         陈 老师   出席7名

『邵 师 傅』
 邓 同学著
(2015中国微型小説排行榜 p111-112
『邵さん』
邵师傅,姓邵,名刚,曾是县政府食堂的大厨。(邵さんは姓は邵,
名は刚、かつて県庁の食堂のコック長でした。)
邵さんの得意料理は方肉。方肉とは、最良の脂身と赤身が均等な
豚肉をよく煮こんで、蜂蜜を表面に塗り、油で揚げて油通しを
した後、指の大きさの塊に切るが、皮はつながったままにし、肉は
つながっていない、(皮连肉不连=中国語だとこんなにシンプル
に表現できる!)再度その塊を蒸籠で蒸した料理だ。熱いうちに
テーブルに出すと、方肉は脂が多いのに脂っこくなく老人や子供
にとっても食べやすい。
 
ある日曜日の夕方、長官たちは家に戻り、邵さんが中庭をぶらぶら
歩いていると、あれ?赵副知事の部屋のドアがなんで開いているの
かな?邵さんは抜き足差し足で(蹑手蹑脚)中に入ってゆくと、
ありゃ、ベッドでもつれ合う2人を目撃。それは赵副知事と女副局
長だったのです。副知事「な、なんで君は入ってきたのかね?」
邵さん「ドアが開いていたもので…」副知事「何か用かね?」
邵さん「知事が夕食を召し上がっていらっしゃらないかと、
ちょっと気になりまして…。」=あわあわするふたり。
副知事は邵さんにこの事を秘密にするよう言い、そのかわり、
臨時雇いの邵さんを契約労働者(合同工)とすることを承諾した。
 

しかし、ほどなく副知事と女副局長は配置転換となり邵さんもリス
トラされた。故郷の村に戻った邵さんはしょっちゅう酒宴の料理を
頼まれた。そうした時に県庁の事を尋ねられても、邵さんは何も
答えることはなかった。聞くところによれば、町でリストラされた
人達は最低の生活保障をもらっているらしい。民間の教師でさえ
年金があるのに、自分は県庁で20年苦労して働いたのに、何故
何もないのだ?疑問が湧いてきた邵さん。そう言えば赵副知事は
契約社員にすると承諾したはず、今や、陳情が大流行り(兴信访)
だ、ひとつやってみるか。こうして邵さんの陳情人生が始まった。
県に、省に、北京に…。一回、二回、三回、…。一年、二年、三年
…。邵さんは陳情の大家(老上访户)となり、行く度に村から人が
派遣されて連れ戻された。村の首長は祝日には肉と小麦粉を携えて
邵さんを慰問し、邵さんは自分がまだひとかどの人物なんだと
思わせられ、陳情は忘れていた。しかし新しい首長になると、この
ご機嫌伺いはなくなってしまった。怒った邵さん、大晦日の夜
北京へ行って、天安門広場で「陳情あり」の横断幕を掲げた。
 

あわてた首長、邵さんをなだめにかかる。「もうあなたは大勢の
お子さんやお孫さんにも恵まれ、すっかりお年も召されたこと
ですし、十分食べるのには困らないでしょう。たとえ本採用に
なったとして、お金を欲しがってこれ以上どんなことに必要なの
ですか?」この説得に対して邵さんのお言葉がこちら→活着一天就
上访一天,要的是个理。「生きてる日がありゃ、陳情するまでじゃ。
わしの欲しいのは道理じゃ。」 困った首長さんは邵さんの子供に
どうにかして、と相談し、その助言に従い、邵さんに対して契約
労働者になったから毎月年金も受けられると告げた。(=うそ)
それを聞いた邵さんは爆竹をならしお祝いした。年の暮れ、
首長さんは邵さんを慰問したが、邵さんは数か月前に亡くなって
いた。享年85、村では充分長生きと言える。(終わり)
=陳情こそわが使命。陳情の終わりが人生の終わりとなりました。
難しさ★★★☆☆   面白さ★★☆☆☆
 
今日は時間が余ったので、先生が听力の作文をご用意してください
ました。小学3年生の作文。寒い日の様子が良く書かれています。
『冷空气来了』
冷空气来了,气温一下子下降了很多,大街上有了很大的变化。瞧,
人们穿上了羽绒服,棉大衣。个个缩着头,弓着腰,急急忙忙地
走着。骑车的人有的在车把上套了一副大手套,有的胸前倒穿着一件
衣服,还有的用围巾把自己包裹得严严实实。坐在黄包车上的人拉起
了遮雨篷,而那位坐在小三轮车上的大妈则用雨伞来遮挡刺骨的
寒风。只有小朋友不怕冷,依然在大街旁使劲地玩着陀螺。(授業
はここまで)回到家,我的手脚已成了”冰棒”,我恨不得立即躲进
暖和一下身子。中午了,家家户户的厨房都奏出了美妙的交响乐,
我们家也不例外。在全家的欢呼声中,我们欢聚一堂,享受着热气
腾腾的火锅…… 冷空气来了,北方一定在下雪,雪是什么样子的,
一定很美吧。到现在为止我从没见到过真正的雪,只在电视里和书上
见过。冷空气过后下场雪多好!
今後、短編一話を読んで余った時間に、もうひとつ長編を読み
続けるのはどうかという提案が一部生徒からあり、先生に適切な
作品を選んでいただくこととなりました。楽しみです。
******************************
今後の予定
10月31日、11月7日、21日、28日
(11月は14日が休みです。ご注意ください。)
author:多摩中, category:講読編, 16:19
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2018.10.04 Wednesday>>講読編,

2018.10.4(水)購読クラス         陈 老师   出席7名

『北京、南京』
 侯 发山著
(2015中国微型小説排行榜 p108-110
 
 老歪はここのところ興奮して眠れない。1万頭羊を数えても
眠れない。是啊,这事换到谁身上都淡定不了。(そりゃあ、
こんな事は誰の身に起こっても、皆落ち着いてはいられないさ。)
こんな事とは、二人の子ども、息子と娘から電話があったのだ。
「父さんは都会に出たことが一度もないね、動けるうちに、観光に
来たらどうか、住みたくなったら、住んだっていいよ。」
二人は示し合わせたように、じきに切符を送るから準備しておく
ように老歪に言った。喜んだ老歪の様子がこちら→去就去吧,住是
不会住的,玩两天还是可以的。若是犟着不去,说不定哪一天瞪腿
了,会让孩子遗憾终生的。(行くなら、行くさ。でも住むのは
できないなあ。何日か遊びにいくくらいならできるな。もし意地
はって行かないと、いつあの世にいくかわからんし、そうなったら
子どもたちが一生後悔するかもしれんしな。)=親孝行の子どもを
持ったことの幸せをかみしめる老歪でありました。
 
老歪は息子が6歳、娘が3歳の時、奥さんを亡くし、それから再婚
の勧めを断り、男手一つで二人を育て、大学まで行かせた。子ども
たちも頑張って学業を修めた後は都会に留まった。息子は北京、
娘は南京。二人ともこちらにはいないことが唯一残念ではあった。
二人の子どもたちは親孝行で、老歪によくお金や品物を送って
きたし、電話もくれた。仕事に就いたばかりの頃には老歪に町に
来るように誘ってくれた。でも実現はしなかった。老歪は子ども
たちに負担をかけたくなかったからだ。でも今は結婚し、家も
持ったことだし、子どもたちに会いに行く頃合いだ。
村の人は聞くのです。北京か?南京か?どっちに行くんだ?
北京なら毛沢東記念館、天安門、南京なら中山陵、雨花台が
あるぞ。そんな問いかけに応える幸せな老歪の様子→老歪呢,
咧着嘴鋺酊乐。说实话,他也决定好到底是上北京还是下南京。
这两个孩子真是的,说寄车票都寄车票,说不寄都不寄。
(老歪はへへへと笑いながら、しきりに嬉しがっていた。実を
言えば、彼は北京に行くか南京に行くか到底決めかねていた。
子どもたちときたら、本当にもう。切符を送ると言ったら、
二人とも送る、送らないとなれば二人とも送らない。)
 
子どもたちの様子が語られてゆきます。北京の息子は部屋を
河北に買って、通勤に3時間。結婚相手は日本人。結婚式は
会社が取り仕切る集団挙式。丁度老歪はお葬式に出た直後で
村のしきたりに従って結婚式には出なかった。嫁の顔は
息子がくれた携帯での画像で拝むのみ。画像上の年賀の挨拶も
何言っているのかわからない。孫が生まれたら訪ねたいと
思って、画像の嫁を見ているがお腹が大きくなることは
ない。息子にもましてや嫁に、孫はどうなってるんだ?
なんて聞けない。(気を遣う老歪)この気持ちを察した息子は
気楽に言った。子どもを持つつもりはないんだ。!!!!
这还了得,不孝有三,无后为大,得去好好数落数落儿子。
(子どもを持たないとは、これはどんでもないことだ。
三大親不孝の中の最大の親不孝。行って、よくよく息子に言い
きかせねば。)
 
息子も気にかかるが、娘も又心配。娘は南京で大学に通い、
そこで、お相手と知り合い、今年の5月1日に結婚した。
婿は南京のある企業の社長だ。社長たって、なんてことは
ない、廃品回収業者でさえ社長さんだ。娘の結婚は旅行だけで
済ませた。写真の婿ときたら、禿げていて年齢は老歪より
それほど下ではない。再婚だそうだ。それ故、娘は婿を連れて
きたことがない。婿は外国人ではないが蘇州の人で何言って
いるのかわからない。おまけに婿には二人の連れ子がいるので
娘は自分では子供は要らないと言う。チッ、馬鹿な娘だ。自分で
産んだ子が一人もなくていいだなんて。娘は親にとっては
綿入れの服、(肌の上近くに着て温かい=親しく心温まる存在)
息子があてにならないなら娘をあてにしなければ。娘がうまく
いってないと、老歪にとってこれも心配事だ。
結局、北京か南京か決められない。北京へ行けば娘ががっかり
する。南京へ行けば息子ががっかりする。そうだ!切符が
早く届いた方に行こう。決心した老歪は町へでかけ、入浴し
マッサージをうけ、散髪し、髭をそった。新しい服を出して
隣の人にアイロンをかけてもらった。準備万端の老歪。
一日経って、老歪は同時に2件の宅配を受け取った。2枚の
寝台券。一枚は南京行き。もう一枚は北京行き。しかも同日の
もの。宅配が届くと近所の人達が吸い寄せられるようにやってきて
切符を手に手に回しながら、羨ましさいっぱいの目で、分身の術
もできないし、どっちへ行くか見てやるよ。などと言った。
 
その夜、老歪は妻の写真を手にブツブツと独り言を言った。
「わしゃ、おまえと一緒に都会を見て回ろうと思っておったが、
こうなっては無理じゃのう。わしゃ決めた、どこへも行きゃ
せん。おまえと一緒にここにいるさ。」言い終わると、老歪の
皺がたくさん刻まれた顔に涙があふれ流れた。
南京行きの切符は息子が、北京行きは娘が送って来たのだった。
 
(終わり)
 
難しさ ★★☆☆☆  面白さ ★★★☆☆
今後の予定      10月 17日 31日
          (10日 24日はお休み)
author:多摩中, category:講読編, 10:09
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2018.9.26 Wednesday>>講読編,
 2018.9.26(水)購読クラス   
陈 老师   出席7名
『草叶嫂子』(2015中国微型小説排行榜 p105-107 

赵 明宇著

 

『草叶おばさん』
草叶おばさんはきめ細かい肌でほっぺたはつやつやしていて、
笑えばケラケラと明るい人で、ただちょっと背が小さかった。
実家にいた頃、草叶おばさんは負けん気が強くしっかり者の娘で、
何をするにも人後に落ちることはなかった。秦小葱が気にいった
のは正にこの点で、草叶おばさんが出かけた途中で捉まえて、
妻になってくれと頼んだ。
草叶おばさんは秦小葱が色々うまいこと言うのに逃げおおせず、
その上彼のイケメンお目目パッチリにまいってしまった。秦小葱
の唯一の欠点は家が貧乏なこと。でも、草叶おばさんは言った。
穷不是缺点,勤快点不就啥也有了?「貧乏なんて欠点じゃないわ。
真面目に働けばなんだってないものもあるようになるわ。」
結婚しっちゃった草叶おばさん、秦小葱のお尻叩いて、ごま油を
引かせたりします。ところが、夢にも見なかったことには(口の
上手い優男)秦小葱は自分の店を持って、お金を手にしたら、
陈世美と変じ(陈世美とは伝統劇《铡美案》中の役名。出世して、
糟糠の妻を捨てた。)草叶おばさんと4歳の息子を捨て去り去り、
ハルビンの女性と东北へ去って行った。草叶おばさんは泣きも
せず、騒ぎもしないどころか、笑った。男だったら、お金ができ
れば、誰だって心変わりしたくもなるわよね。(勝気だ〜)草叶
おばさんは息子を連れて畑仕事はできなくて秦小葱がくれたお金
(一応手切れ金は置いてった。優男の誠意)で元城で店を借り
洋服を売るようになった。当時まだ31歳だった草叶おばさん、
再婚を再三勧められても頑として首を縦にふらなかった。
 
息子が8歳になると元城で一番良い学校に入学させた。息子がある
同級生の家に遊びに行った時のこと。その同級生の父親が社長だと
わかると息子は自分の家の窮状を話す。同情した社長は息子に
かなりの額のお金渡した。喜び勇み家に戻った息子が草叶おばさん
に喜びの報告をするや、草叶おばさんは顔色を変え、返してこい
と言う、息子が拒むと息子を引っ立て社長のところに行ってつき
返した。その時のプライドのこもった草叶おばさんのセリフが
こちら→我们过得很好的,不缺钱。您有钱,是您的,谢谢您了。
わたしたちは全く暮らしに困っていません。お金が足りない
なんてことはないです。あなた様のお金なら、あなた様のものです
から、ほんとうにご心配有難うございました。(勝気だ〜)
啖呵を切った草叶おばさん、息子の小っちゃな手を自分の大きな手
で引っぱって歩きながら、彼女は手も心ももどかしかった。
「ママ〜、なんでうそついたの〜?」と尋ねる息子に、足を止め
言いきかせて言ったセリフがこちら→你要记住,咱不能靠别人可怜
过日子,只要勤快,什么都会有的。(よく覚えておくのよ。私達は
人様の憐みに頼って生きてゆくことはできないのよ。真面目に
働きさえすれば、何だって手にすることができるのよ。)
 
=一本気。ぶれません。そしてこのセリフどおりに人生を送る
草叶おばさんを語っているのが…
我就是那个老板,很敬佩草叶嫂子。(わたしこそ、この社長で、
草叶おばさんに大変敬服した。)=あれ〜社長さんが語り手とは
何かこの登場の仕方がイマイチ。
その後草叶おばさんとこの社長の息子は大学に合格、社会人に
なったので、草叶おばさんもこれで良い暮らしができているのでは
と社長さんは思っていた。彼女の息子に電話して彼女の近況を
尋ねると、母は暇にしていられなくて内モンゴルで農業やって
ます、との答えでした。(=ワザワザ聞くとは随分気にかけて
ます。社長。)
 
次に社長さんが草叶おばさんに会ったのは民政局。今年の冬で
草叶おばさんは上等な皮のコートを着ていた。社長さんが食事に
誘うと、彼女はひっきりなしにお酒を飲みながら、これまでの
事を話した。彼女の洋品店は立ち退きに合い、その補償金で
内モンゴルとロシア近隣地帯で農地を請け負いトウモロコシや
大豆を育て、雪だるま式にお金を手に入れ、農機具も買って
ガンパって自分で操縦法も会得したりした。土地にも人にも
不案内なのにどうやってやってきたの?という社長さんの質問に、
地元の人に因縁をつけられたときは包丁持って村長のところに
のりこんだわ。酒はほどほどに、と言う社長さんに対しては、
お酒なしでは东北では無理よ、ゴロツキに難癖付けられた時
なんか、派出所に言いつけたのに無視よ、だからお酒を飲んで
包丁もってそのゴロツキにすごんでやったらアッチが腰が
ひけちゃったこともあったわ。そんなでお酒はすっかり鍛えられ
たわ。
内モンゴルの人と最初はもめてはいたけれど、親しくなって
しまえば、豪快でさっぱりしていて、義理堅いのよ。こっちの
人たち、心が狭くて、内輪もめしているような私達とは違う
のよ。と彼女は付け加えた。
彼女に再婚したのかと社長さんは尋ねた。(ホントに気になって
ますね。社長)内モンゴルの人に望まれたけれど、ことわったわ。
離婚してないのよ、20年たったけど手続きもしてないのよ。
畳みかける社長。秦小葱のことをまだ思っているってわけじゃ
ないですよね?(=聞きにくいこと聞くのね。社長)秦小葱は
息子の父親だしね。商売で損したらしくて、彼女に逃げられて、
飛び降り自殺して、死なずに障害者となったのよ。本当に腹が
たつ、恨んじゃうわ。息子の父親だから、ずっと彼に送金して
養ってきたのよ。それを聞いて心痛める社長に、笑って彼女は
言う。なんてことないわ。ここ数年で必死に160万元稼いだわ、
今回戻ったら、村は身寄りのない老人だらけよね、老人ホームを
作って面倒見ようと思って、民政局に来たのよ。(福祉?立派)
(社長。もう聞くこと残ってないですよね。)
 
店を出たときの気概ある草叶おばさんの様子がこちら→她的身子摇晃
一下。我去扶她,她把我推开了,吐着酒气说,这点酒算个啥?
彼女はちょっとよろけた。私が彼女をささえると、彼女は押しのけ
酒臭い息を吐いて言った。これくらい飲んだってなんてことないわ。
よろめきながら外に出ていく草叶おばさんを眺めながら、支払い
をしようとした社長さんでしたが、すでに彼女によって済まされて
おりました。社長が根ほり葉ほり聞いている間に、不能靠别人な
草叶おばさんビシッとお勘定してました。
「女手一つで」物語。よくあるテーマでした。立派な草叶おばさん。
鉄壁な人生です。語り手の社長の詮索好きキャラが嫌いなので、
感動できませんでした。悪しからず。やはり著者は男性。
難しさ ★★☆☆☆  面白さ ★★☆☆☆
今後の予定      10月3・17・31日
          (10・24日はお休み)
author:多摩中, category:講読編, 15:09
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2018.9.12 Wednesday>>講読編,

2018.9.12(水)購読クラス         陈 老师   出席9名

遗落在乡村的果子    刘 国芳 著
(2015中国微型小説排行榜 p102-104
『田舎に落ちている果実』
物語の舞台は田舎の村、黄源,私達は幾度かそこを訪れていた。
その日は5歳〜10歳前後の子どもたちの一団が私達の後に
くっついて来た。 子どもたちと交わす会話の中で村の現状が
わかってきます。「また古いお家を見に来たの?」「そうだよ。」
「みんなぼろっちいよ、誰もすんでないし、なんもないよ。」
子どものいう通り、村のボロ屋のみならず、新しい家も住人が
出稼ぎにいっているので、閉め切っていた。多くの家が閉め切って
いるので村はひっそりとしていて子どもたちがいるおかげで私達は
村に人の気配を感じられた。初めて来た仲間の一人が尋ねたことが
あった。这个村怎么多小孩,大人倒见不到一个。(この村はなんで
こんなに子どもがいるのに大人は一人も見かけないんだ?)子ども
の一人が答えた。我奶奶在家,她到地里去了。(ばあちゃんなら
いるよ、いま畑にいってるんだ。)私は説明した。大人都到外面
打工去了,村里除了老人就是孩子。(大人は皆出稼ぎに出ていて、
村は老人の他は子どもだけだ。)
 
そんな話をしているとき私はナツメの木の下に立っている老人に
気づいた。時は秋でナツメの実は熟していて、真っ赤だった。
一人の子どもがナツメの木を見るといきなり跳んで行った。
这个孩子,我后来知道他的名字就康枣,身上的衣服脏得刮刀布。
(この子の名前は康枣だと、後で知ることとなるのだが、
着ている服ときたら、汚くてきさげ布のようだった。)
*きさげ布=包丁をといだりする厚手の布。油等の汚れで固く
てかてか光っている感じ。
私はナツメの木に跳んで行った康枣がナツメをとって食べるのか
と思ったが、ナツメの実を石のように投げ合って他のこどもと
遊ぶと、皆とどこかへ行ってしまった。それを見ていた私は木の下
の老人にもったいない、なぜ取らないのかと尋ねる。老人の答えは
村里人走得差不多了,到处都是枣子,哪吃得完。(村の人は
ほとんどが出てしまって、至る所ナツメばかり、食べきれる
もんじゃない。)この言葉で私はやっと気づく。村中ナツメの木
だらけで、それがみんな熟して赤くなって熟れ過ぎているのも
ある。ナツメは地面一面に落ちていた。
 
後に村を訪ねると、今度は柿が同じように誰にも獲られず、地面
いっぱいに落ちていた。再び私はある老人と李子という子どもに、
尋ねる。「木になった柿を取って食べてもかまいませんか?」
彼らは、欲しいだけ取って構わないと答えた。「こんなに
おいしい柿なのにどうして穫り入れて売らないんですか?
勿体ない。」老人答えは→划不来,摘一天柿子卖不到几个钱,
而打一天工,可以赚好几百。(割に合わないさ、一日中柿を獲って
売ったところで、儲けは少し。一日出稼ぎで働けば数百は稼げる。
勿体ないと言ったて、どうしようもないさ。)
柿についてはよく田舎で野生のものを見るのでまだいいけれど、
黄源ではみかんも熟しても誰も獲らず、黒くなって地面に落ちて
いる。なんと勿体ない。冬の黄源でまた康枣に私達は会った。
康枣那些孩子还跟我们,入冬了,天有些冷,康枣穿了一件大人的
羽绒衣,衣服很大,看起来滑稽。(康枣たちは私達についてきた、
もう冬で、少し寒く、康枣は大人用のダウンジャケットを着て
いた。それは彼には大きくて、滑稽に見えた。)そして、再び
私は康枣に言う。こんなに見事なみかんがこんなに落ちて
しまって、ほんとに勿体ない。康枣は言う、「何が勿体ないの?
ここの人は外で働いてたくさんお金をもらっているのに」こんな
言葉を聞いて食べるみかんの味は甘いのにちょっとすっぱい
気がした。
 
しばらくして、また黄源を訪れると、今回は文旦が一面に落ちて
いた。康枣と李子たちがまた私達の後をついてきた。文旦で遊ぶ
子どもたちの様子がこちら→他们把柚子当球踢来踢去。踢了一会,
他们就打闹起来,李子打了康枣一下,然后爬到柚子树上去。在树
上,李子跟康枣说 :“有本事上来呀”。(子どもたちは文旦を
ボールのようにあちこちと蹴り合ってひとしきり蹴ったかと
思うと、喧嘩を始めた。李子が康枣を叩いて、分担の木の上に
よじ登り、上から康枣に向かって言った。「登れるもんなら
登ってこいや!」)康枣も木の上に向かってよじ登っていったが、
着ている服が大きくて、上手くいかず、やっと上に登っていった
のに、枝があちこちに揺れて、たくさん文旦が落ちた。突然、
康枣は手を滑らせ落ちてしまった。落ちてしまって痛くて康枣は
突っ伏しておんおんと泣きだした。李子はそれを見てすぐに木
を下りてきたが、慌てたのか落ちて尻もちをついて、痛くて
ワーワーと大声で泣いた。
この様子を見ていて、私は突然思った。実は、この子たちこそ
田舎に忘れ去られてしまった果実だ。
 
=今回も老人と子どもしかいない田舎についてのお話でした。
村を訪れた人にくっついて回っては、話かける子どもたち。
康枣の着ているものの描写に暮らしぶりがわかります。
季節ごとの果物が豊かに実る田舎の情景の中、子どもたちの
無垢で無邪気に遊ぶ様子が伝わります。どんな環境でも
元気な子どもたちに大人は心惹かれ、時に申し訳なく思う
事もあります。
難しさ ★☆☆☆☆  面白さ ★★★☆☆
今後の予定      9月 26日
(19日はお休み)
author:多摩中, category:講読編, 16:38
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2018.8.22Wednesday>>講読編

 

2018.8.22(水)購読クラス         陈 老师   出席8名

『遣返』  陈 力娇 著
(2015中国微型小説排行榜 p99-101)
タイトルは『送還』。
 

主人公の木田雄造は瓢箪島で将棋を指していた。
他是想和遣返的开拓民一起回日本,码头上的人群压压,把天都染
醂察ぢ症须一下来镇定自己。(彼は送還される開拓民と一緒に
日本に戻ろうとしていたのだ。埠頭の上の黒山の群衆は空さえも
一面黒くしていた。彼は将棋を指して自分自身を落ち着かせなけ
ればいられなかた。)=戦後の引き揚げ船という状況が描かれて
います。
木田雄造の将棋盤の対局は中国VS日本。この盤上においても
日本は劣勢。日本の持ち駒は老帅(王将),小卒(歩)のみ。
一方中国は车(ju1声飛車),马(桂馬),炮,士,老帅(将とも
いう)等の駒が揃っている。起死回生とならないか木田雄造の頭
の中はそのことでいっぱいだった。一日中水も飲まないでいた
けれど、今いる場所を確保するには、食べ物を買いにそこを離れる
ことはできず、ただひたすらその一局を考え続けていた。
すると、近くで子どもの泣き声がした。そんなことは日常茶飯事
なので、木田雄造は見なくてもわかる。又、人が死んだのだ。
死的多是开拓民,他们长途跋涉,又是老弱病残和妇女儿童,能到
葫芦岛已经是极限,就再也无力等船了。(死んだ者の多くは開拓民
だ。彼らは長い道のり、苦しい旅をしてきたのだ。又、老人や
弱者、病人や身障者、女性や子どもで、瓢箪島にたどり着くのが
やっとで、もう船を待つ気力はなくなっているのだ。)
中国兵が2人、泣いている子どもの母親の遺体を運んで行った。
木田のそばを通り過ぎる時、兵たちは行く手を遮っていた木田の足を
蹴飛ばし大声で怒鳴った。のんびり将棋なんか指してないで、あの
子の面倒でも見たらどうだ!それに対しての木田は→木田雄造没吭
声,也没去照看,他的心早已麻木了,由于他错拉引爆器,东安驿五
百多同胞都死在他手上,他还在乎眼前的一个吗?(木田はものを
言わなかったし、子どもの世話もしなかった。彼の心はすでに麻痺
していたのだ。彼が誤って起爆装置を押したことにより東安駅で
500人以上の同胞が彼のせいで死んでしまったのだ、今更目の前の
一人の人間など気にするか?)
=木田の精神状態がわかります。
兵士は木田が平然と取り合わないのに対して彼の襟元を掴み上げ、
この日本野郎!残酷な奴だな、我々中国人を殺しても何も感じない
どころか同胞でもほっとくわけだ!と罵倒し、腹を膝蹴りした。
木田は将棋を止め、その4〜5歳くらいの子どものそばに寄りそい、
尋ねる。お前の父親は誰だ?子どもが答えた名前を聞いた途端
木田は震える。その名は彼の元上官の仁田大佐で、東安駅事件の
科で罷免され射殺されたのだった。それ以上何も聞けず、木田は
一晩中その子を抱きしめて過ごした。
次の日、2000人を乗せる大きな船が着き、開拓民と捕虜たちは乗船
を開始した。船端で立って見守っているのは、昨日木田に蹴りを
入れたあの兵士だ。木田とその兵士のバチバチな様子がこちら→
士兵也认出了木田雄造,两个男人的眼晴对视着,都有敌意,都有
互不相认的味道,但首先败下阵来的,还是木田雄造。(兵士も
木田に気づいていた。2人の男の目はにらみ合い、お互い敵意
を抱き、互いに譲らない感じだった。けれども先にくじけたのは
やはり木田だった。)
木田はわかっていた。目をそらした理由は中国人に対して恥じる
ところがあるのだ、自分はこの兵士の身内を殺してしまったかも
しれない。もっと言えば、日本帝国主義の軍人の大部分は人民を
平気で殺す残虐な者なのだ。
乗船した後も木田は兵士に目をやる。すると兵士がまだ自分の事
をじっと見ていることに気づいた。今度は木田は自分から目を
そらすことはしなかった。木田はもう彼を恐れてはいない。もう
すぐ、船は出る、申し開きがしたい。木田は兵士に向かって叫ぶ。
「私は悪くない!日本の国が間違っていたのだ。あなたと私で
何を競うというのだ?」中国の兵士は木田よりも気が立っていて
船に乗ったからといい気になるなよ!打ってやろうか!、と
叫ぶ。木田は理性を失い、やるならやれよ、20年後に戻ってきて
こっちもやってやる!==売り言葉に買い言葉。
中国兵は銃を構え木田は無意識にあの子どもを引き寄せると、
身を守る盾とした。==最低です。
辺りは静まり返り、他の中国兵も銃を構え、一触即発事態となる。
その時、どけ!どけ!という声が聞こえ、お偉いさんが兵士の側に
やってきた。兵士はすでに満面の涙。顔は真っ赤。首の脈は
ドクドク打っていた。==どんだけ偉い人なんでしょうか。
この反応がちょっと引きます。
 
このお偉いさんは兵士に銃を下すように促し、演説をします。
「日本の居留捕虜のみなさん、聞いて下さい。我々はあなた方を
国に送り返しております。その人数はのべ150万となりました。
我が国、中国はさらに困窮な状況にあっても、150万の銃弾は
十分ある。ここにいるあなた方は中国を侵略し、悪事の限りを
尽くし、我々は南京だけで無辜の民30万があなた方によって
殺害された。対日戦争全体で、我々の死傷者は莫大であり、
あなた方は皆戦争犯罪人であり、皆銃殺されるべきであるが、
我々中国人民はそのようなことはできない。我々は本日あなた方
に寛大な措置をし、我々中国人民の偉大さを体現したところだ。
中国政府の偉大さを体現したのだ。あなた方が国に戻った後には
よくよく反省していただきたい。あなた方が中国人にどのように
対峙してきたのか?そして、中国人はあなた方をどのように
扱ったのか?あなた方が再びこちらに来る時、私はあなた方
が友情だけ携えてくることを願っています。決して武器を持って
ではなく!」
汽笛を一つ鳴らし、船は岸をはなれ、果てしない海と空の間に
入っていった。岸の上の人が見たのは、ついさっきまで横暴
だったあの日本兵が突然両膝から崩れ落ち、跪くと中国の方向へ
向かって、ずっと…    (終わり)

作者は女性だそうです。
罪を許すこと、許しを受け入れることが簡単ではないことを
改めて感じます。
見学の方がお一人見えました。
次回のご参加をお待ちしております。
難しさ ★★☆☆☆  面白さ ★★☆☆☆
今後の予定      9月12日 26日
(8月29日、9月5日、19日はお休み)
author:多摩中, category:講読編, 19:04
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2018.8.8 Wednesday>>講読編,

2018.8.8(水)購読クラス         陈 老师   出席6名

铃铛铃铛我爱你            非 鱼 著
(2015中国微型小説排行榜 p95-98)

 

『リンダン、リンダン、愛しているからね』
私はずっと長い間リンダン(铃铛)を探して、やっと探し当てた。
リンダンはソファーの角で縮こまって、うなだれ、赤紫の長い髪が
顔をしっかり覆っていて、痩せて小柄なその身体は絶え間なく
震えていた。私が一か月前にリンダンのお母さんに面会に行った事
をリンダンに告げると、彼女は顔を上げて言う。「おばさん、
お母さんは死刑になってしまう?」私は答える。「わからないわ。
ならないはずだけど。」リンダンの母親の牛喜花を取材した後、
私はずっとリンダンを探していたのだ。
私にはわからなかった。16歳の少女がどんな気持ちで、
ミュージックホールで歌わないかという父親の提案を受け入れた
のか。その事で母親はリンダンに寄せていた希望を打ち砕かれ
(让牛喜花寄托在她身上的希望破灭)、だから父親を殺した。
ああいう場所に歌いに行くのが、好きだからとか一晩百元もらえる
からだったという事はどうにか理解できるけれど、母親が事件を
起こしてしまった後に、リンダンが一度も母親に面会に行って
いない事は決して許すことはできない。
=冒頭の2パラグラフで辛い状況が語られます。正義派女性記者
と心理的に過酷な中にいる少女との交流の物語です。
 
私は一人の女性としても、母親としても、リンダンに母親に面会に
行くよう、そしてリンダン自身の過ちがもたらした結果をひき
うけるよう説得する理由が十分にあった。
=そうか〜?鬱陶しいまでの正義感。正義感を振りかざし、
せまるおばはん社会派記者は16歳の少女の傷ついた心
を開くことができるのでしょうか?
私が説得しても、強制しても、脅しても、リンダンは一言も
発さない(一言不发)。体が震え縮こまるリンダン、その表情を
見ることさえできない。自分の子どもだったら、平手打ちし、髪を
掴み顔を起こし、私の目を見させて私の質問に答えさせるのに。
明らかに甘やかされて、恩知らずになって責任感さえもない。
=激しいですね。
諦めて私は言う。「いいわ、もう行くわ。自分でちゃんとしなさい。
お母さんに面会にいくけど、あなたに会ったことは言わないから。
」去っていく私にリンドンはやっと2回目に顔をあげた。怖れで
いっぱいの目で私をみるリンドン。でもやはり何も語らなかった。
リンドンの母親の事件の原稿を完成した後も、私はリンダンの
この時の目と面会時に見たリンドンの母親の額にあったたくさんの
傷が頭から離れなかった。(挥之不去)
 
=記者は仕事抜きで夜歌っているリンダンに会いに行く。
ミュージックホールは大勢の人で埋まり、酒臭く、いかがわしい
雰囲気に満ちていた。私は静かに角で待っていると、リンダンが
出てきた。
その様子がこちら→她穿了一件很短的吊带裙,化着厚厚的浓妆,
头上戴着蓝色的假发。但一开口,声音却清酣/紂ざ灵唯美。一些
人吹起口哨,轻佻地冲她喊叫。铃铛似乎充耳不闻。静静地场着。
(リンダンは短いキャミソールドレスを着て、濃い厚化粧で
姿を変え、頭の上には青いかつらをつけていた。けれども口を
開いた途端その歌声は水のように澄みきっていて、とらえどろこ
がなく美しかった。口笛を吹いたり、浮ついた歓声を浴びせる
人々。リンダンはまるで聞かないふりをしているように、静かに
歌い続けていた。)=空灵は森の中でどこからか鳥のさえずりが
美しく聞こえてくるといったイメージ。
私は突然心が痛む。リンダンはやっと16になったばかりの
まだ子どもだった。
=正義派記者のリンダンを責める気持ちに変化が…。
 
仕事がひけたリンダンに、車で送るという私。リンダンはやっと
のことでそれを承知する。通り過ぎる夜の町の描写がこちら→
有醉酒的男人包着树推心置腹,孤独的女人边走边哭,飙车的青年
骑着摩托车呼啸而过,摆夜市的小贩守着一盏昏黄的灯。(しこたま
飲んだ男は木を抱きしめながら本音をさらけ出し、孤独な女は
泣きながら歩き、暴走族の若者はバイクの轟音を響かせてゆく、
夜の屋台のおやじはぼんやりした灯りを灯している。)こんな大人
たちの町を16歳の少女を乗せ走る私は彼女の手をとろうとするが、
避けられてしまう。
リンダンの住んでいるところは狭い路地にあり、小さくてぼろい
建物だった。私はてっきりリンダンが借りた部屋かと思っていたが
しつらえから、母親と住んでいた家だと分かった。それは同時に
リンダンの母が父を殺した場所だ。私はぞっとする。
敏感なリンダンは私の恐れに感づいて、部屋のドアを閉めて、
私に一杯の水を汲んだ。
=非常に繊細なリンダン。人の気持ちに敏感です。
リンダンがミュージックホールで歌うようになってからこの家から
追い出されたということを聞いていた私はリンダンに何故戻ったか
尋ねる。リンダンは小さな声で言う。「お母さんを待って
いるの。」
=おおおッ。ついに口を開いた!矢継ぎ早に尋ねる記者。
 
「それなら何故お母さんに会いにいかないの?」リンダンは言う。
「とてもいけない。」長年の記者としての取材経験から、私は
リンダンがもしかしたら心の扉を開けるかもしれないと感じる。
案の定、リンダンは話し始める。「お母さんがいらないなんてこと
じゃないの。わたしの為に、お母さんがあんなに苦労するのを
見るのは本当に耐えられなかったの。」その苦労とは、彼女が歌を
習うのには一か月400元が必要で、すべてそれを母親が工面して
いた。月600元の失業手当、清掃、トイレ掃除、ヘルパー、病人
の看護、くず拾い等をしていた。一方父親は金を家に入れないだけ
ではなく、母に金を無心し、断れば母をたたいた。これを話す
リンダンが泣くかと思ったが、まるで他人の話をするかのように
静かに語り続ける。
私は尋ねる。「あなたは自分がお母さんにとっては命で、あなたが
音楽学校を受けられるようにと望んでいたとわかっていて、なんで
お父さんの言うとおりにあんなところに歌いに行ったの?」
リンダンの事情は、歌のレッスンの月謝が600元に値上がりして
しまい、先生に交渉(30分授業を減らし減額)したが受け入れて
もらえなかった。母親に言えば命を縮めてまで彼女の学費を稼ぐと
わかっていてたから言えずにいた時、父親が一晩100元の例の
仕事を持って来て、承諾したのだ。母親にあんな苦労をもう
させたくなかった。早くお金を稼いでお母さんと一緒にお父さん
から離れたかった。ということだった。
しばらく言葉が出なかったが、私はリンダンに尋ねる。「お母さん
がお父さんを殺してしまったこと、恨んでいる?」
リンダンの答えは、「わからない。お父さんだって悪かったし…」
私が抱きしめていい?ときくとリンダンはちょっとためらったが、
それでも両手を伸ばした。抱きしめながら私はリンダンに少しの
温かさと気力を与えられたらと思っていた。リンダンが大声で
泣いてくれたら、お母さんに会いたいんだと言ってくれたら、
自分は怖いんだと言ってくれたらと強く私は願った。けれども、
リンダンがそうすることはなかった。   (終わり)

言葉少ないリンダンですが、一番大切なことは言っていました。
「お母さんは死刑になっちゃうの?」
「お母さんを待っているの。」
せつないですね。
ちょっと押しつけがましい記者ですが、それでも理解しようと
してくれる人がいたのが一縷の救いです。
 
難しさ ★★☆☆☆  面白さ ★★★☆☆
今後の予定 8月22日 (15日、29日はお休み)
      22日は授業前にランチ付き親睦会12:00〜
      50番にて。
      9月12日 26日 (5日、19日はお休み)
author:多摩中, category:講読編, 14:23
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2018.8.1 Wednesday>>講読編,

2018.8.1(水)購読クラス         陈 老师   出席7名

蟹 酱             费 立卿
(2015中国微型小説排行榜 p92-94)
題名の蟹酱は蟹の卵を油を使って塩や醤油で煮たペースト状のもの。
文中に出てくる蟹子の子は3声。蟹の卵の意。
主人公の方红はある男性のことが好きになってしまった。このこと
は方红を酷く混乱させた。何故なら她有深爱自己的丈夫和一个她深
爱着的女儿,(彼女には自分を深く愛してくれている夫と彼女が
深く愛している娘が一人いる)からだ。=決して自分が夫を深く愛
しているとは言っていないところが、方红の結婚をよく表していま
す。結婚するのは愛してくれる人と、自分が愛する人とは別立てで
恋愛すればいい、という考えが一部の中国の若い人が抱いている
そうです。)方红はその男性の虜となり、昼も夜も彼の面影
を抱くことを止められない。重症であります。
方红は姨妈(叔母)に相談します。この姨妈はどのような人かと
いうと→姨妈年轻守寡,方红自小在她手上长大,在也没有比姨妈更
了解她的人了,两人彼此毫无顾忌,无话不说,方红不管什么事不瞒
也瞒不了姨妈,没辙的她只好求姨妈给她拿个主意了。(叔母は若く
して独り身となってから今に至り、方红は幼少より叔母の手で育て
られた。この叔母以上に方红をわかっている人はいなかった。
叔母と方红は互いに少しも気兼ねがなくて、何でも話した。
方红はどんな事であれ、叔母には隠さず、又隠しきれなかった。
どうにもならなくなった方红は叔母にアドバイスをもらうしかなく
なっていたのだ。)
方红の告白を聞いた叔母は以前と変わらずに、優しく方红を抱き
寄せて、虚ろな(傻傻的)方红を見つめる。「私はどうしたら
いい?」その時、外から胡弓の音色が聞こえてきた。叔母は話を
止めて、静かに聞く。その叔母の頬に少女特有のほんのりした
赤みがさしたことに気づく方红。叔母は溜息をついて話し始める。

叔母は小さな漁師町から海洋ランド建設の為の立ち退きにあい、
方红の従弟に移動先の建築が終わるまで身を寄せていた。その
時の話だった。ある日、別の従弟から蟹子(蟹の卵)がたくさん
送られてきた。一人留守番をしていた叔母は困った。食べきれな
いから、ご近所に配らねければ。叔母は大変親切な人なのだ。
建物の同じ階段の家々を訪ねてもなかなかドアは開かず、3袋の
蟹の卵はなかなか配り終わらない。最後やっと別の階段の5階の
あるドアが開いて、一人の老头(60〜70代だそうです)が出て
きた。手には京胡。まさか自分と同じような年齢の男性が出て
くるなんて思っていなかった叔母は面食らって、何も告げず、
和やかに微笑み、蟹の卵だけ置いてドアを閉めると立ち去ります。

何とか蟹の卵は配れたわ、と安堵の溜息をつく叔母。部屋に
戻ると、胡弓の音色が聞こえてきます。きっと、さっきの人が
弾いているのだわ。京劇が大好きな叔母は時にはその胡弓の音色
に合わせて数節歌ったりした。当時の叔母の気持ちがこちら→
姨妈感觉封闭了几十年的心里有一个另样生命的胚胎在萌动。
每日里的琴声,驱走了她的抑郁和孤独。(叔母は数十年封印され
ていた心の中のある種の生命の兆しが芽吹き始めているのを
感じていた。毎日聴く胡弓の音色が叔母の憂鬱と孤独を払い
のけた。)开启了一个爱的季节。(愛の季節が始まった。)
=盛り上がっております。
ところが、三日続けて胡弓が聞こえなくなった。あらゆる
可能性を想像し気をもんでいた叔母はついに胡弓の人を訪ねます。
ドアを開けたその人に対して飛び出した叔母の言葉は「あなた、
わざと、ひとの気持ちを探っているのですか?」それに対して
その人は叔母の目の前に胡弓を置いた。−−弦が切れたの?
叔母は慌てた。夢にも思っていなかった、相手がこんな手で
来るとは、彼がわざと弦を切るなんて。叔母はある種の危険
(自分一人で盛り上がっていただけだったという分かること)
が現れるかもしれないと頭を下げて何も言えずにいた。すると、
=お待たせしました。蟹酱登場であります。
彼はどこからかガラス瓶を抱えてきて、それを茶たくの上に
置いて言う。从那天开始,这些东西我的心上爬来爬去,一直掏着
我的心窝子啊,〜这是唯一让它们保存下来的办法。(あの日から
始まって、これが私の心を這うように行ったり来たりして、
ずっと私の心の奥を探ってきた。〜これが唯一蟹の卵を保存する
方法なんだ。)
=温かいお茶をだしてくれて、このセリフをいう胡弓の人。
叔母はその瓶をしげしげと眺めながら、この人はあの蟹の卵で
蟹酱を作ったんだ、と思い、ある言い表せないような美味しい
味をすぐに思い浮かべる。彼は言う。「これは私達と一緒に
成長してきた。私達の生活には昔お互いに同じ味があった。
これから私達、もう一度その味を一緒に食べてみましょう。」
その時奥からしわがれた女性の声が、あがってもらえばと
言う。その途端、彼の目の光はたちまち暗く、冷たくなった。
叔母は我にかえった。急いで瓶の口をしっかりと押えた。
「やっぱり、これは封をしてこの透明な瓶の中に閉じこめて
おきましょう。一度開けてしまえば変質してしまうわ。」
この叔母の話を聞いた方红は好きになっていた男性からの
電話で叔母の話を聞かせ最後に言う。「私達も蟹の卵を
瓶に入れて密封しましょう!」(終わり)
 
蟹の卵=お互いの恋心  ということを踏まえて読むと
かなりきざな胡弓のお方。しわがれた声はその奥さんでは
ないかとのこと。玄関先に出てこれない事情がある?不倫の
一歩手前で踏みとどまった、叔母と姪のお話でした。
難しさ ★☆☆☆☆  面白さ ★★☆☆☆
今後の予定 8月8日、22日 (15日、29日はお休み)
      22日は授業前にランチ付き親睦会12:00〜
      50番にて。
author:多摩中, category:講読編, 15:07
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2018.7.25 Wednesday>>講読編,

2018.7.25(水)購読クラス         陈 老师   出席7名

父亲讲故事       林 华玉著
(2015中国微型小説排行榜 p89-91)
『父の語った物語』
顾伟の唯一の趣味は物語を書くことで、書いては投稿するが、この
2年で県の新聞に数編が載っただけで他はいつも返送されてくる。
彼はその状況に悩んでいた。
ある日曜日、顾伟は父親の誕生日に家族で帰省する。実家までは
三百多里(150凖豕から静岡くらいだそうです。)、一年を
通じて、帰省するのは年越しと両親の誕生日くらい。他はなかなか
仕事が忙しくて、帰省できないでいた。そんな顾伟たちを出迎える
お父さんの様子がこちら→〜老父亲正在村头老槐树底下眺望,顾伟
一家刚下公公车,他就上前抱住了小孙子,摸摸他的小脸,说又
俊了,摸摸他的头,说又长高了,接着就拉着他的小手去村头东西去
了。(父は村の外れの古いエンジュの木の下で遠くを眺め、顾伟
一家がバスを降りてくると脱兎のごとくやってきて孫をぎゅっと
抱きしめると、顔を撫でてはまた可愛くなって、と言い、頭を
撫でてはまた大きくなってと言うと、孫の可愛い手をひいて村
はずれのスーパーへ連れて行っては何か買ってやったりした。)
いつもこうして出迎えてきたお父さんについて今回お母さんは
言う。「お父さんは年をとるにつれて、堪え性がなくなって
きて(没出息)昨晩なんかオンドルの上で寝がえりをうって
ばかりで一晩中寝ないで、夜が明ける前に起きて村外れまで行って
お前たちを待っていたんだよ。道が新しくなったからお前たちが
家まで来られなといけないからって言って。」
=年とるにつれて、子どもや孫に会いたい気持ちが募っている
 お父さん。
  
揃って食事を始めようとした時、一本の電話が顾伟にかかって
来る。投稿した出版社の編集からのもので没だとのことだった。
がっかりする顾伟に対して、電話を聞いていた父は顾伟の祖父
から昔聞いたお話を話そうかと提案する。父が話した物語は
近所の閻魔大王のものだと言われている墓にまつわる話で、
込み入った筋で超現実的なもので、皆夢中で聞いた。顾伟は
帰宅すると、この話を整理し4000字にまとめ、サスペンス
(悬念故事)を扱うある出版社に投稿した。思ってもみなかった
が、この作品は好評でできるだけ早く出版すると言われ、顾伟は
嬉しくて、くらくらしてまるで倒れてしまいそうだった。
数日後(早い!!)顾伟は良い酒と料理を持って、息子と
一緒に帰省する。喜んだ父は又一つ物語を話す。顾伟はもう
一つ話して欲しがったが、父は頭が痛いと言って言い逃れ、
もうこの件については話を続けなかった。
(推说〜=〜と言って言い逃れる)
(话茬=話題)
今回のこの話をまた整理して投稿すると、投稿先でその期間の
最も優秀な物語と認められ、顾伟はなんと賞金千元を獲得した。
味をしめた(尝到了甜头)顾伟は時間ができると帰省し父に
物語を語ってもらった。父は必ず一回につき一話という原則
は貫いていた。

ある日顾伟はまた帰省したが、顔色は真っ青で父親に言った。
「父さん、何故こんなことができるんだよ!こんなことして
息子をおとしいれたな!」顾伟は先ごろ父が話した墓泥棒の話を
投稿し、発表となったが市場に出たとたんに読者から盗作だと
通報されたのだった。編集により調べられ、盗作であると確定
し、彼の作品は発禁になるかもしれないと、言われてしまった
のだった。怒り心頭の息子に対して父は、言った。「以前は
年に多くて3回しかお前が帰って来なかっただろう、母さんは
お前や孫に会いたくていつも泣いていたんだ。もうわしらは年
とってしまって、車には酔うから町のお前の家には行けないし
なあ。わしがお前に最初に話をしてからお前はいつも家に来て
くれる、それがわしの話を聴きに来るためだとわしには
わかっているさ。それでもお前や孫に会えるなら母さんも
わしも心から嬉しいんじゃ。お前にいつも家に戻って来て
欲しくて、わしもあれこれ知恵をしぼってな、頭の中にあった
ああした物語をすべて絞り出して、お前に話したんじゃ!」
父は目を少しこすってから言った。「それから、わしは
実のところ、話すものがなくなってしまって、わしが心から
恐れたのは、そうしたら二度とお前が来なくなってしまうこと
じゃった。仕方がなくて、人に頼んであれらの本を買ってきて
もらって、全て憶えてからお前に話していたんじゃ……
悪かった、父さんが間違ってた!」
父の釈明を聞きながら、父の白髪交じりの髪を見ながら、
顾伟は目が熱くなると、涙がどっと流れ落ち、彼はぐっと
父を抱きしめすすり泣きながら言った。「父さん、父さんは
悪くない、僕が悪かった。これからは必ずいつも帰って
来るよ。」  (おしまい)
町に出た子どもを思う故郷の年老いてゆく両親という
テーマはとても多い題材のようです。子を恋しく思う気持ち
をストレートに表現し行動に移す登場人物たちに、時に、
抑制しないと子どもに負担がかかるのではと思いますが、
時に、羨ましくも思います。ちょっとこのテーマ飽きて
きたので、以下の☆でした。
難しさ ★☆☆☆☆  面白さ ★☆☆☆☆
今後の予定 8月1日、8日、22日 (15日、29日はお休み)
      22日は授業前にランチ付き親睦会12:00〜
      50番にて。
author:多摩中, category:講読編, 17:34
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2018.7.11 Wednesday>>講読編,

2018.7.4(水)購読クラス         陈 老师   出席8名

去乡下      秦 龙 著
(2015中国微型小説排行榜 p86-88)
『田舎に行ってみたら』
冒頭は主人公董阳の問題意識から始まります。
若是真的没人种庄稼,我们以后吃什么呢?(もしもだれも農作をし
なくなったら、その後私達は何を食べるんだ?)董阳は口粮问题
(食糧問題)の解決方法を分析しようと決心し、田舎へ調査に
向かう。一面の緑豊かなトウモロコシの畑を通り抜けると、彼の頭
はこの問題にさらに囚われる、これもあれも遺産登録だ。農作物の
栽培技術を無形文化遺産として上申しなければならないのではない
のか?ある村に着いてみると、見るのは数人の老人と一団の子ども
たち。やはり、報道の通りだな、働き盛りは皆町へ出稼ぎに出て、
村には身寄りのない老人と子どもしかいない。ある老人に尋ねる。
こんなでは誰があの一面の畑に作付けするんだ?
=董阳の高尚な問題意識は裏付けされ、募ってゆく。
 
農作する人材について聞かれた老人の答えは,作付けの頃には、
出稼ぎに出ている人が戻ってくるし、戻ってこられなければ、お金
で人を雇うまでのこと。収穫の時も同じ。決して作地が荒れる事は
ない。董阳は疑問を投げかける。本当にお金で人が見つかるのか?
老人はきっぱりと、見つかる、いつもここを離れない連中もいる、
ただたくさんお金を払えばいいだけのことだ、と言う。これを
きいた董阳、村に残った農民に会わせてほしいと老人に頼むが、
彼らは忙しいから相手するような暇はない、年越しのころなら
戻ってくる多くの村人に会えると言う。そうした人は进城务工者
(町に行った労働者)という新しい呼ばれ方をしている、と
言った老人は笑った。董阳はこの笑い顔に含みを感じる。
 
田舎から戻った董阳は、田舎の農作が雇われた町の人によって成り
立っていると聞いて不思議に思ったと人に話す。が、そのことは
周知のことだった。董阳に対して人々は言う。町にリストラされた
労働者があふれているから農作に行けるよ。你看看,现在城里的多
少人包了农村的土地?骑摩托车去,打个回快得很,不耽误回家
洗澡,看电视。有条件的,还开着小汽车去呢?(見てみなよ。
今や町のどれだけの人が農村の土地を請け負っていることか。
バイクを飛ばして、仕事をしては、あっという間に戻って来て、
手間取ることなどなく、家に戻って風呂に入って、テレビを見て
いるよ。できる奴は乗用車も運転して行ってるよ。)
=董阳くん、ちょっと世間知らず?
 
気をつけていると、農具片手に和やかに田舎に行く人々を見かける
董阳。ますます興味を持つ董阳→日新月异的生活让董阳倍感妙趣无
穷,他对身边发生的一切充满着好奇。(もしかしたら、日進月歩の
生活が董阳に妙趣が限りないとますます感じさせ、彼は身近で起こ
っている一切のことに対して好奇心いっぱいなのだ。)董阳は
調査報告を書き終える決心をし、老人の話を思い出し、年越しの
頃に再びあの村に行き出稼ぎから帰った農民たちを見に行くこと
にした。
年越しの村では、人が多くなっていたが、あの老人はどこにいる
のかわからなかった。董阳はある農家に入っていくと、そこでは
青年たちが麻雀を楽しんでいた。董阳が話しかけてもなかなか
話しにのってくれない。「あんた、ほうぼうでむやみに顔つっこ
むんじゃないよ。年末はいつもこんなだよ。村の外で一年中働いて
やっとこの数日はゆっくりしているんだ」それに対して董阳が
言いたかったのは一年之记在于春,可不能光顾着休闲虚度了光阴。
(一年の計は春にあり、休みをいいことに、無駄に日々を過ごす
なんて全くいけないことだ。)でもさすがに実際に言えたのは
「家に戻って、麻雀。畑の作物はどうするのですか?」
なーにいってんだ?こんな真冬に作物なんてあるもんか。あった
としても麦の苗だし、雪が降って綿の布団となって覆ってるよ、
面倒みる必要などないさ。董阳は相手にされずにそこを出る。
 

その時あの老人に会う。老人は真新しい中国服を纏っていて数人
の大人と子供達に取り囲まれていた。新年の挨拶をした董阳に対し
て老人はしきりに笑うとぼそぼそと言った。その取り囲んでいる
人たちは雇っていて、本当の家族は戻らず外地で年越しだと。
そのとき董阳はびっくりして、口あんぐり。レンタル家族!
町に戻ると董阳は調査報告の大綱をびりびりに破った。
そして思う。春になったらまた田舎にいってバイトしようっと。
(終わり)
=董阳くん。お役人らしいです。壮大な食糧問題に取り組もうと
 していた頭でかっちぶりがちょっとコミカル。
 
難しさ  ★★☆☆☆    面白さ  ★★☆☆☆
今後の授業   7月25日 8月1日・8日・22日
             (7月18日・8月15日と29日はお休み)
8月に懇親会をする予定です。

 

 

author:多摩中, category:講読編, 13:31
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2018.7.4 Wednesday>>講読編,

2018.7.4(水)購読クラス         陈 老师   出席6名

孝心痛       许 仙 著
(2015中国微型小説排行榜 p83-85)
『孝行心の痛み』
 
主人公钱最孝(お金、最も孝行?まさにこの名前がお話のテーマ
とも言えます。)は5つ星レストランに香港の商人を送った後、
狭心症のように胸が急に痛みますが、すぐその痛みは消えます。
その時携帯が鳴り妻から祖父の死を知らされます。呆然とする
钱最孝、その夜の内に故郷の麦村へと戻ります。
亡くなったお祖父さんの様子がこちら→爷爷像一截长不大的老桑树
弯曲在床上;树根状的脸上布满苦难的皱褶,微启的嘴唇像一道
刀口。(お祖父さんはまるで一本の大きく育たなかった桑の枯れ木
のようにベッドの上で曲がっていた;木の根のような顔の上には
苦難でできたしわが一面に敷き詰められていた。かすかに開いた唇
は一筋の刀傷のようだった。)钱最孝は2本の煙草に火をつけると
1本をお祖父さんの口に含ませ、1本を自分で吸った。お祖父さん
の口の上にはうっすらと煙が立ち上った。お祖父さんは死んで
なんかいない。そこに横になって煙草をすっているんだ。=钱最孝
はまだお祖父さんの死を受け止めきれずにいる。
 
钱最孝は村には葬儀を出してくれるような人がいないと知ると、
電話をかけ続け夜が明ける頃目やにでいっぱいの目をぎゅっと
寄せながらお母さんにすべて準備できたといって、横になった。
寝ることもできず、ずっとぼんやりとしていた。=ここでもまだ
悲しみの波はよせてきていない。
 
ここから钱最孝の生い立ちが語られます。父が早世し、母は病気で
お祖父さん一人に育てられた钱最孝。貧しい暮らしぶりがこちら→
家里吃了上顿没下顿,爷爷和母亲只有一件夜当棉被日当衣的褛衫,
他却有两套衣裳,因为他要出门读书。(家は飲まず食わずで、祖父
と母は夜は布団として、昼は服としてぼろぼろの服が一着あるだけ
なのに、钱最孝は学校に行くので2着上下揃いの服を持っていた。)
当時村では学校へ通う子どもはいなかったので、钱最孝は学校では
いじめられ、また村でも嘲笑の対象となっていた。钱最孝は勉強は
苦手で(读不进书)不良の仲間になった。そんな钱最孝の不始末を
詫びるお祖父さんの様子がこちら→倔强的爷爷在派出所里像孙子似
的人长跪不起。(堅物のお祖父さんは派出所で小さくなって跪き
ずっと起きなかった。)=この像孙子似的人の人は省くと訳しやす
い、「孫のように」はへりくだってというような意味。そんな
钱最孝、自分の学費がお祖父さんが血を売ってつくってくれたこと
を知った時、奮い立って勉学に励み出し、大学に受かり、服飾デザ
インを専攻した。钱最孝はお祖父さんとお母さんにこの世で一番
美しく温かい服を着せてやりたいと誓ったのでした。

お祖父さんの死の知らせをうけ帰郷した2日目。ここからお金を
かけ、钱最孝がお祖父さんの葬儀のために用意したものが語られ
ます。すごいです。(顕柔訶噌作団に在籍していたメンバーに
よるプロの泣き屋さんの一団が到着。钱家の庭で一団が構えを
整えただけで村に衝撃が走る。『紅楼夢』の歌「黛玉葬花」や
「宝玉哭灵」を歌いながら泣き、泣きながら歌う。村人たちは
その雰囲気に酔いしれ、虜となった。⇔鼠人の一団も到着。
車一台に肉料理野菜料理の材料を満杯に積んで4讐海録燭胆屬
マホガニー製両端には虎の龍が描かれている =すごいですね。
村人の目は釘付け。ね髪師到着。お祖父さんの髪と髭を整え、
死化粧をほどこし、ついでに钱最孝の頭も丸刈りにして、
その頭の光具合といったらどこでもいつでも目に留まる。

中午(ここの中年は誤植)十碗头。晚上十碗。吃的久旱逢甘雨的
全村老小无不痛哭流涕,都说钱老汉这世人做着了,有这么大孝孙
子。(昼にも夜にも十種類の料理。よく食べて、こんなこと
めったにないと村をあげて老いも若きも激しく泣いて、涙を流さ
ないものがいない。皆は言う、钱祖父さんは一生良く身を処して
きたから、こんなに孝行ものの孫に恵まれたんだな。)けれども
钱最孝は、他是想借他们的眼泪和哭声,来表达失去爷爷的悲痛;
但他怎么听,都觉得没有表达出来,他又一阵心绞痛。(彼は泣き
屋の涙や泣き声を借りてお祖父さんを失った悲しみを表したいと
思ったのだが、彼はどのように聞いても、表現しきれてはいない
と感じ、又、あの胸の痛みが襲った)

ここで又、钱最孝のこれまでの話となります。大学を卒業すると
町の服飾メーカーに勤め、特に目立つことはなかったが、社長
令嬢に気に入られた钱最孝、婿入りについて悩み故郷に帰り、
祖父に相談した。祖父は男子たるもの仕事が第一、入り婿は
何も問題ない!と迷う钱最孝の背中を強く押した。その後
钱最孝は会社を継ぎ社長となったわけだが、実家を継げず、
祖父や親戚には申し訳なく思っていたのだった。

葬式は終わり町に戻ると、钱最孝は検査をうけたが心臓には何も
問題がなかった。が、胸の痛みが突然钱最孝を襲うことは続いた。
五七の日に钱最孝はひと箱の段ボール箱を持って村へ戻った。
お祖父さんの遺品を燃やした。钱最孝は町から車一杯に紙製の
お供え物を持って来ていた。お祖父さんがあちらの世界で豊かな
生活を送れるようにそろえたものだ。夜が更けて人は寝静まる頃
钱最孝はお祖父さんのお墓にあの段ボール箱を担いで蝋燭を
掲げてやってきた。箱の中から木の葉を一枚取り出し、火をつけ
お祖父さんのお墓の前で焼いた。2枚、3枚…。
この段ボール箱一杯の木の葉は小さいころ月明かりを頼りに
お祖父さんと庭で切って作ったものだ。2人は木の葉を切って
自分のあこがれの衣装を作った。それを着たところを想像し
ながら、いつも笑ったものだった。お祖父さんと2人で未来
を夢見て、たくさんの衣装を作ったのに、それなのに、钱最孝は
一枚の衣装もお祖父さんに作らなかった。お祖父さんはやはり
村の老人が着る普通の洋服を着て逝ってしまった。
木の葉の衣装を焼いて、焼いて、その時突然又痛みが襲った。
10数年分の消えていた涙がにわかにはらはらと溢れ出した。
彼はやっとお祖父さんを亡くした悲しみを感じて、動けなく
なった。静かに涙が悲しみを伴って、気がふれたように彼の体
から湧きあがってきた…  (終わり)
=金満家葬儀の様子がすごいなあと思いました。あんまり
心に響かないのは何故でしょう?钱最孝に孝行できなかった
正当性があまりなかったから?テーマがあるあるだから?
難しさ  ★★☆☆☆    面白さ  ★★☆☆☆
今後の授業   7月11日・25日
             (7月18日はお休み)
author:多摩中, category:講読編, 13:23
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